History

50yearshistory1969~2019

創 業

1969

1969 7月

すべては小さな雑居ビルから始まった。

メモリードの前身となる「(株)長崎冠婚葬祭互助センター」が設立。当時、結婚式は自宅婚から大型中華店や公民館などへ移行し、花嫁衣裳は地域の美容室から借りたり、個人で購入する時代。「これからはリース業が普及する」と強い信念を持ち、結婚式や葬儀をリースで施行する「会員システム」を商品化。'70年には月間500 会員、翌年には1000会員まで増やすことになる。

(株)長崎冠婚葬祭互助センター
JR長崎駅と長崎市役所の中間地点にあった「(株)長崎冠婚葬祭互助センター」(長崎市中町1-29山本ビル)
各事業部の機能を集約させた本社ビル(長崎市松山町4-44)
各事業部の機能を集約させた本社ビル(長崎市松山町4-44)

1971 10月

桜の名所のそばに「本社ビル」を完成。

事務所を松山町へ移転し、本社と営業、葬祭、衣裳部門を集合して「本社ビル」を完成した。新事務所は桜の名所として有名な爆心地公園の前にあり、花見のレクレーションや大展示会の際には婚礼家具などの搬入搬出に汗を流した思い出の地となる。

3周年記念渉外キtャンペーン1
3周年記念渉外キtャンペーン2
1971年 3周年記念進発式
各地を駆け巡る代表
3周年記念渉外キャンペーン
1971年 3周年記念進発式
各地を駆け巡る代表

1974 9月

初の結婚式場「諫早玉姫殿」オープン。

「5年後に結婚式場を建てる」という目標の通り、初の結婚式場を諫早市にオープン。地域密着の営業スタイルを強化するモデル店舗として、披露宴料理をはじめ、演出、婚礼衣裳のバリエーションなど、数多くの顧客満足を具現化する。多様な取り扱い商品はお客様にたいへん喜ばれ、売上増大につながることになった。

1982年頃諫早支店にて
1982年頃諫早支店にて
第1号店となった諫早玉姫殿は現在の「ロイヤルべルズ諫早」
第1号店となった諫早玉姫殿は現在の「ロイヤルべルズ諫早」
1976年諫早仏光堂オープン祝賀会(諫早玉姫殿)
1976年諫早仏光堂オープン祝賀会(諫早玉姫殿)
足利支社「ブライダルハウス」
足利支社「ブライダルハウス」

1979

関東エリアに進出して各地で事業を展開。

'79年に府中支社と世田谷葬祭部を開設、続く'80年には 前月開設した「府中ブライダルハウス」主催のファッションショーを開催。東京本部を渋谷支社から府中支社へ移して から、足利支社、川崎支社、烏山、前橋支社と、南関東および北関東へ事業エリアを拡大。支社の開設に合わせ、各地 にブライダルハウスを展開していく。

1979年 佐世保玉姫殿オープン祝賀会
1979年 佐世保玉姫殿オープン祝賀会

吉田代表からの社員へ毎月の一言の4号

1979年4月 東京での活動を強化

桜の花も満開を過ぎ、各家庭では、入学式、入園式等も終わり、落ち着かれた事と思います。当社も4 月からの新体制強化も整い今年の目標に一歩ずつ近づいています。東京支店も衣裳部、葬祭部が完 璧な体制になり高島、池田両係長が頑張っております。東京の方に友人がおりましたら宜しく・・・・・・。 また今月は四社対抗戦※があっております。今度こそ優勝したいものです。

※四社対抗戦/メモリー ドを含む同業者四社での会員募集競争

挑 戦

1979

1980 6月

「長崎新聞文化ホール」仮契約締結。

諫早と佐世保に結婚式場をオープンした頃、長崎新聞社が長崎市中心部に新築移転し、結婚式場を併設するという情報を得る。その運営を自分たちの会社に任せてほしいと、当時の長崎新聞社 の社主だった松園尚巳氏に直談判。交渉は4時間続いたが、熱意を感じた松園氏はその場で快諾。その後、強い信頼関係で結ばれ、多くの人脈を与えてもらうきっかけになった。

1980年 長崎新聞社文化ホールオープン
1980年 長崎新聞社文化ホールオープン
長崎新聞社文化ホール
長崎新聞社文化ホール
1980年外務員旅行
1980年外務員旅行
1980年稲佐新社屋地鎮祭
1980年稲佐新社屋地鎮祭

吉田代表からの社員へ毎月の一言の18号

1980年6月 全員の力を結集して頑張りましょう

梅雨のシーズン、毎日汗ばむ時期の訪れです。いかがですか。6月1日、長崎新聞社との間で結婚式場の運営契約が結ばれました。新聞社の社長はヤクルト本社の松園社長であります。今後、長崎新聞、ヤクルト、互助センターの三社がお互いに協力し合い発展したいと思っております。社員の皆様のご協力もお願いします。

1981年 創立13周年進発式
1981年 創立13周年進発式

1981 3月

社名を「メモリード」へ。

'79年、稲佐橋そばの好立地に不動産を取得し、その2年後、5階建ての自社ビルを建てることができた。会員募集活動に頑張る営業外務員へよく声がけをし、皆はイキイキと仕事に取り組んでいた。また、「互助センター」という社名が若い層に違和感を与えたり、関連事業を展開する上で不都合になるとの理由から、メモリアル(記念・儀式・儀礼)をリード(導く·とりしきる)するという意味を込め、「メモリード」(Memolead)に変更する。

本社ビル(長崎市稲佐町2-2)
本社ビル(長崎市稲佐町2-2)
1981年稲佐本社社長室にて
1981年稲佐本社社長室にて
1981年稲佐本社社長室
1981年稲佐本社社長室

吉田代表からの社員へ毎月の一言の23号

1980年11月 足元を固める事が事業の基本

今月20日頃には思案橋店のフロント・衣裳部を長崎新聞文化ホールに移動させ長崎玉姫殿として活動をスタートさせます。ぜひ目標を達成しましょう。また、本社ビル※工事も順調に進んでいます。今月中には三階まで出来上がり、年内には五階まですぺてコンクリート打ちが終わる予定です。設備に負けないように会員の増加に全社員頑張りましょう。

跳 躍

1985

1985 1月

群馬で会員募集体制が確立。「まえばし玉姫殿」オープン。

関東エリアに支社を進出し、代理店方式の運営会社を「株式会社メモリード東京」に改称。2年後には、群馬県前橋市に本拠地を置く「株式会社メモリード」が割賦売許可番号を取得し、自社会員募集体制を確立する。また同年、関東1号店の「まえばし玉姫殿」がオープン(現在の「ロイヤルチェスター前橋」)。群馬躍進の一役を担う重要な店舗となっていく。

1985年 府中玉姫殿オープン祝賀会
1985年 府中玉姫殿オープン祝賀会
1985年関東1号店となった「まえばし玉姫殿」(現在のロイヤルチェスター前橋)
1985年関東1号店となった「まえばし玉姫殿」(現在のロイヤルチェスター前橋)
1985年ラッフルベルズ佐賀オープン
1985年ラッフルベルズ佐賀オープン
「まえばし玉姫殿」オープン
1985年「まえばし玉姫殿」オープン

吉田代表からの社員へ毎月の一言の78号

1985年6月 創業の精神が若い者に生まれています

長崎県福江市は、五島列島の中心、周りは海の美しい所です。その五島、鬼岳で若い10名の社員が毎日真っ黒になって頑張っています。4月より当社が経営参加した鬼岳牧場※に、今、レストハウス、貸別荘、テニスコート、ソフトボール場、運動広場、乗り物広場、売店等を建設中で、建設会社の方々と一緒になって働いています。7月19日には、素睛らしい観光牧場が完成すると思います。ぜひ、あなたも一度五島へ!!そして、若い社員の努力に声援を送って下さい。

※鬼岳牧場/五島コンカナ王国

豊かな自然が広がる「五島コンカナ王国」
豊かな自然が広がる「五島コンカナ王国」

1986 3月

リゾート施設「五島コンカナ王国」オープン。

鬼岳牧場を継承し、宿泊滞在型リゾートとして「五島コンカナ王国」を開国。当時の独立国ブームも手伝い、大きな話題となる。園内には各種独立コテージをはじめ、和食処、ステーキハウス、コンカナ窯などが新設され、その後の五島への観光客誘致に一役を担う事になる。

1989 7月

全国の「玉姫殿」を「ベルズ」に変更。

全国の玉姫殿グループ互助会は結婚式場を「○○玉姫殿」と称していたが、当社は公募によって「ベルズ」に変更。同時に、独立型チャペルや外観の改装、和室会 場を洋室への変更など、さまざまなリニューアルや新規建設が行われる。'90年代に入ると、結婚式で1日1組のハウスウェディングが好まれたり、葬儀では故人が好きな曲を献奏で流すなど、結婚式や葬儀に対するお客様のニーズも変化してきた。

1987年 ジャクセン高崎事務所開き
1987年 ジャクセン高崎事務所開き
セレモニーホール宮崎
セレモニーホール宮崎

1989 6月

宮崎地区が「メモリードグループ」へ。

全国の玉姫殿グループ互助会は結婚式場を「○○玉姫殿」と称していたが、当社は公募によって「ベルズ」に変更。同時に、独立型チャペルや外観の改装、和室会場を洋室への変更など、さまざまなリニューアルや新規建設が行われる。'90年代に入ると、結婚式で1日1組のハウスウェディングが好まれたり、葬儀では故人が好きな曲を献奏で流すなど、結婚式や葬儀に対するお客様のニーズも変化してきた。

吉田代表からの社員へ毎月の一言の130号

1989年10月 人々に助けられて

8月より私たちの仲間になったセレモニー宮崎の社員旅行で鹿児島に行きました。40数名の方々に、いろいろと話を聞く機会を得ました。入社17年以上も頑張っている社員や、9月に33口もの復活をさせた社員など、それぞれに会員の為に努力していることを本当に嬉しく思いました。従業員と地域の会員が会社を支えていることに改めて感謝しました。

1994 6月

福岡地区が「メモリードグループ」へ。

福岡では'94年に日本セレモ株式会社の経営参画をし、別途福岡市西部の会員を譲り受け、東部・南部に営業所拠点を拡大しながら、会員募集費を投入して葬祭とブライダル斡旋にて回収するという、創業期の長崎や東京のような、足元から固める事業が開始。(「メモリード福岡」、「メモリード九州」と名前を変え、現「株式会社メモリード福岡事業部」)。

1995年 長崎ロイヤルチェスターホテル地鎮祭NBCインタビュー
1995年 長崎ロイヤルチェスターホテル地鎮祭NBCインタビュー
長崎ロイヤルチェスターホテル
長崎ロイヤルチェスターホテル

1997 3月

「長崎ロイヤルチェスターホテル」オープン。

念願だった初のホテル「長崎ロイャルチェスターホテル」が竣工。イギリスのチェスター市を表敬訪問して交流を深め、そのモチーフをあしらったデザインの建物となる。心のこもったホスピタリティは、後にオープンする「ガーデンテラス長崎ホテル&リゾート」へと引き継がれる。同時に、メモリードグループのロゴマーク(社旗と社章)のデザインが現在のものになった。

毎月1日は「進発式」の日

人が好きで仕事への熱意にあふれていた 中間部長

中間部長

メモリードでは毎月1日、全体が集まる「進発式」を各店で実施している。現在はパソコンの動画を駆使した演出を行っているが、以前は式次第を手書きし、手作り感ある個性的なもので、式の最後には「営業の母」と呼ばれている中間部長の総評としての訓話があった。大手生命会社の所長まで上り詰めた中間部長は、創業時に吉田に何度も誘われて入社した方で、当社の互助会の営業基盤を作った恩人。

変 容

2001

2001 4月

「葬儀革命」を打ち出し、葬儀を根本から変えた。

それまでタブー視されてきた葬儀において、サービス、施設、料金という3つの視点から葬儀のあり方を根本から変える「葬儀革命」を打ち出し、大きな反響を呼んだ。特許庁に商標登録された「葬儀革命」(登録第4469504号)は、遺族の方にも共感を得て、現在における普及の原点を築く画期的なシステムとなった。

掲げられた3つの柱

サービス革命=女性専門スタッフのきめ細かなサービス

施設革命=ホテル同様の控室を備えた24時間対応型の施設

料金革命=明朗でお得な料金設定

吉田の考えをまとめた書籍
吉田の考えをまとめた書籍

吉田代表からの社員へ毎月の一言の269号

2001年5月 「葬儀革命」商標登録(4469504号)なる

メモリードグループが目指している葬儀革命。その言葉が商標登録されました。これからは言葉だけでなく、今以上に真剣に葬儀革命に取り粗んで行かなければなりません。それは顧客のため、会員のため、そして企業としてナンバーワン、オンリーワンになるためでもあります。今までの守りの経営ではなく、これからは攻めの経営です。いよいよ来月から創業33年目に入ります。企業にとってはスポ一ツと同じく攻撃は最大の防御であります。攻めて勝つ。人生も又、同じです。葬儀革命を皆さんと一緒にやりましょう。

2006年藍綬褒章パーティ
2006年藍綬褒章パーティ

2006 8月

保険事業に進出し、「メモリード・ライフ」を設立。

葬儀の際、料理代やお寺のお布施までは、手出しが必要になるため、喪家の負担を少しでも軽減したいという思いから保険事業に参画し、少額短期保険を専門に扱う「株式会社メモリード・ライフ」を設立。葬儀保険に特化した保険で89歳まで加入できたり、必要な死亡保険の内容をオーダーメイドできるなど、従来の保険にはなかった特徴を持ち、「少ない掛け金で大きな安心を得られる」と加入者数を大きく伸ばしている。石田純ー氏をイメージキャラクターに起用。

吉田代表からの社員へ毎月の一言の352号

2006年8月 少額短期保険 3月19日に許可(登録)されました

関東財務局長(少額短期保険)第十八号として正式登録されました。株式会社メモリード・ライフが保険会社としてスタートします。これから全国で葬儀保険の販売ができるようになりました。今まで皆さんの力で拡大していただいた“ありがとう共済”を基盤としてこれから大きく成長させていきます。早期に十万口座の加入者を達成し、+年後、二十年後にはメモリードの事業の大きな柱に成長させたいと思っています。将来は一般の保険業者(金融庁長官の免許)を目指します。4月14日より販売開始です。社員一人ひとりが商品の内容をよく理解して営業を開始して下さい。

2009 4月

本格的にホテルに力を入れていく。

創業40周年を記念した一大プロジェクトとして、稲佐山中腹に高級リゾートホテル「ガーデンテラス長崎ホテル&リゾート」を建設。2003年に士地購入後、取付道路、造成工事を経て、6年の歳月をかけて完成した。設計は隈研吾氏に依頼。高級なリゾート感覚も味わえ、これまでとは異なる客層を取り込める総合施設となった。

2009年 ガーデンテラス長崎ホテル&リゾート建設
2009年 ガーデンテラス長崎ホテル&リゾート建設

吉田代表からの社員へ毎月の一言の418号

2013年10月 開業ラッシュ

10月15日、佐賀県伊万里市にハウスウェディング、続く16日には群馬県前橋市北代田(きたしろた)に斎場、同じく埼玉県入間(いるま)市にメモリードホールがオープンします。グループの新しい施設が次々に生まれていますが、それぞれの施設が地域の会員様はじめ多くの方に喜ばれ愛される一番店になって下さい。今年はいつになく猛暑の夏でした。特に外で活動する営業の皆さんは大変であったでしょう。秋を迎えお体を大切にして活動に励んで下さい。特に埼玉・福岡の社員の皆さんの頑張りに期待しています。お客様から「ありがとう」と感謝されるサービス提供に努めて下さい。

2013年〜

M&A展開を積極的に推進

2013.5
チョコレートハウス

チョコレートハウス(株)、メモリードグループヘ。

長崎県佐世保市にある大型テーマパ一ク「ハウステンボス」の中で、世界中の観光客にチョコレートを販売している「チョコレートハウス」がメモリードグループに仲間入り。

2013.12

(株)九十九島観光ホテル、メモリードグループヘ。

1967年に開業した佐世保市有数の大型観光ホテルが仲間入りし、名称を「九十九島ベイサイドホテル&リゾートフラッグス」へ変更。

※2019年5月に(株)メモリードと合併

九十九島観光ホテル
2016.8
マリトピア

(株)マリトピア、メモリードグループヘ。

結婚式場1ヶ所、葬祭場3ヶ所を運営し、当時、佐賀を代表する互助会であった「マリトピア」がメモリードグループヘ。

2017.2

(株)アレー、メモリードグループヘ。

1300年の歴史があり、昔から美人の湯として親しまれていた武雄温泉、「武雄 ニューハートピア」がメモリードグループへ。同年10月には結婚式場「湖畔の森教会モリノネ」を施設内にオープン。

アレー
2018.2
雲仙湯元ホテル

(株)雲仙湯元ホテル、メモリードグループヘ。

1695年に雲仙で初めての湯宿として創業した、「雲仙湯守の宿湯元ホテル」がメモリードグループヘ仲間入り。

2018.11

(有)コスモシステム福岡、メモリードグループヘ。

葬祭業を行うコスモシステム福岡がメモリードグループになり、福岡県飯塚市エリアをカバーできるようになった。

コスモシステム
2019.2
愛典福島屋

(株)愛典福島屋、メモリードグループヘ。

東京都杉並区で安置ルーム「やすらぎ」を運営する愛典福島屋がメモリードグループヘ。

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